再開しても、なーんの反響(つまりコメント)もなく。そりゃそうだ、誰も読んどりゃせんぞ、と心に言い聞かせつつ、前回の続きを。
そもそも、なぜ、僕のような大バカ者が恐れ多くも母校の学園祭の講演会に呼んでもらえたのかというと、仕掛け人は大学のときのとても仲のよかった先輩です。この人は、大学時代、本当に僕のことを可愛がってくれたというか、おもしろがってくれ、しょっちゅう一緒に遊んでもらったし、さりげなく漢文のおもしろさを教えてくれた人でもありました。この先輩を送り出す追いコンのときには、とてもお世話になった先生が離任されることも重なって、まだみんな宴を楽しんでいる時点から、僕一人号泣していたという、痛い思い出もあります。まぁ、このブログを昔から読んでいる人なら、僕がどれだけ涙もろいかは、よく知っていることでしょう(だから、昔の読者、もういないって)。
講演会は8月31日の月曜日、ところは市民会館大ホール。千人以上入るホールです。幼い頃から、慣れ親しんだ響き「市民会館大ホール」。そのステージの真ん中に僕が立つわけです。ここでの一番強烈な思い出は、僕が中1か中2ぐらいのとき、当時すごく評判のよかった草○大蔵という評論家の講演会が、この大ホールでありました。今となってはすごく感謝しているんですが、そういう文化的な香りのする催しには、我が両親は必ず僕を連れて行ってくれました。田舎にいたのに、都会で育った連中より、メジャーどころの文化人や交響楽団の演奏を聴いているし、メジャーからマイナーまでの劇団のお芝居などを観させてもらって育ちました。このことへの感謝を、今回の帰省の折に母親に話すと、一人で留守番させて家でも燃やされたらかなわんかったから、と説明してくれました。どれだけやんちゃ坊主だったんだろう、僕は。母の口癖は「もーうっ、あんたと一緒にいると、気が狂いそうになるわ」でした。
さて、草柳○蔵氏の講演会での一場面。よどみなく話しておられた草柳大○氏。突然に話題が変わって「私もいろんなところでお話しさせてもらってますが、真っ正面の真ん前で、坊主頭の中学生に、肘付き足組みの姿勢で聴いていただくのは初めてです」とのたまった。大ホールの聴衆の視線は、当然ながら、その中学生に集まり、我が両親だけが顔を赤らめてうつむいてました。そうです、その中学生こそが、僕だったのです。おかげで、講演終了後、駐車場の車に乗った瞬間から大説教を食らいました。この話は30年以上も前の出来事ですが、ちゃんと今回の講演会の枕に使わせてもらいました。ちょうど前の方で足組みして聴いてた生徒さんがいて、草○氏から皮肉られたことを思い出したのです。でも、ちゃんとオチもつけました。
「僕は○○大蔵氏のように小さな器の持ち主ではないので、どうぞ足組みでも何でもして、リラックスして聞いてください。」会場の大人たちだけ、笑ってくれました。生徒には、ややウケ程度。
あれ?連載2回目の今回は、講演会前日の話を書く予定だったのに、草○先生の話で終わってしまったぞ。ま、ノンビリ書き続けます。

そもそも、なぜ、僕のような大バカ者が恐れ多くも母校の学園祭の講演会に呼んでもらえたのかというと、仕掛け人は大学のときのとても仲のよかった先輩です。この人は、大学時代、本当に僕のことを可愛がってくれたというか、おもしろがってくれ、しょっちゅう一緒に遊んでもらったし、さりげなく漢文のおもしろさを教えてくれた人でもありました。この先輩を送り出す追いコンのときには、とてもお世話になった先生が離任されることも重なって、まだみんな宴を楽しんでいる時点から、僕一人号泣していたという、痛い思い出もあります。まぁ、このブログを昔から読んでいる人なら、僕がどれだけ涙もろいかは、よく知っていることでしょう(だから、昔の読者、もういないって)。
講演会は8月31日の月曜日、ところは市民会館大ホール。千人以上入るホールです。幼い頃から、慣れ親しんだ響き「市民会館大ホール」。そのステージの真ん中に僕が立つわけです。ここでの一番強烈な思い出は、僕が中1か中2ぐらいのとき、当時すごく評判のよかった草○大蔵という評論家の講演会が、この大ホールでありました。今となってはすごく感謝しているんですが、そういう文化的な香りのする催しには、我が両親は必ず僕を連れて行ってくれました。田舎にいたのに、都会で育った連中より、メジャーどころの文化人や交響楽団の演奏を聴いているし、メジャーからマイナーまでの劇団のお芝居などを観させてもらって育ちました。このことへの感謝を、今回の帰省の折に母親に話すと、一人で留守番させて家でも燃やされたらかなわんかったから、と説明してくれました。どれだけやんちゃ坊主だったんだろう、僕は。母の口癖は「もーうっ、あんたと一緒にいると、気が狂いそうになるわ」でした。
さて、草柳○蔵氏の講演会での一場面。よどみなく話しておられた草柳大○氏。突然に話題が変わって「私もいろんなところでお話しさせてもらってますが、真っ正面の真ん前で、坊主頭の中学生に、肘付き足組みの姿勢で聴いていただくのは初めてです」とのたまった。大ホールの聴衆の視線は、当然ながら、その中学生に集まり、我が両親だけが顔を赤らめてうつむいてました。そうです、その中学生こそが、僕だったのです。おかげで、講演終了後、駐車場の車に乗った瞬間から大説教を食らいました。この話は30年以上も前の出来事ですが、ちゃんと今回の講演会の枕に使わせてもらいました。ちょうど前の方で足組みして聴いてた生徒さんがいて、草○氏から皮肉られたことを思い出したのです。でも、ちゃんとオチもつけました。
「僕は○○大蔵氏のように小さな器の持ち主ではないので、どうぞ足組みでも何でもして、リラックスして聞いてください。」会場の大人たちだけ、笑ってくれました。生徒には、ややウケ程度。
あれ?連載2回目の今回は、講演会前日の話を書く予定だったのに、草○先生の話で終わってしまったぞ。ま、ノンビリ書き続けます。

実家の前を走る石見交通の路線バス